【ご縁と経験の螺旋階段】第4章:ロケット・ブースター理論
〜すべての出会いが、俺を空へ押し上げた〜
どうも〜さとあつです😄
前回の第3章では、24歳で新宿の摩天楼に立ち、学歴社会の洗礼を受けながらも、本を読み漁り、古田社長の元で12年間戦い抜き、80名を束ねる事業部長になった話をした。
高卒のインキャ少年が、大人数をマネジメントする立場へ。
ここまで来るのに、どれだけの人に支えられてきたか。
今回は少し立ち止まって、俺がこの半生で気づいた「一つの真理」について話そうと思う。
ふと気づいたこと
ここまで読んでくれた人は、もう気づいてるかもしれない。
石井さん。
清家社長。
古田社長。
俺の人生を決定的に変えてくれた人たち。
でも、彼らは今、俺の隣にはいない。
連絡を取り合っているわけでもない。
一緒に仕事をしているわけでもない。
これって、寂しいことなのか?
薄情なことなのか?
ずっと、どこかで引っかかってた。
答えが見つかった日
あるとき、ふと腑に落ちた。
彼らは「ロケットのメインエンジン」だったんだ。
ロケットって知ってるよね。宇宙に飛び立つやつ。
あれ、打ち上げの時にものすごいエネルギーを使って、重力圏を脱出する。
そして、ある高度まで達すると、メインエンジンはその役目を終える。
「ありがとう、皆さんのおかげでここまで来れました」
そう言って、ロケット本体は宇宙へ向かって進み続ける。
俺の人生も、これと同じだったんだ。
フェーズごとに現れた恩人たち
第1章。17歳。マクドナルド。
石井さんは、俺を「人間として生まれ直させてくれた」恩人だった。
愛嬌と自信という燃料を注ぎ込んで、俺を最初の軌道に乗せてくれた。
第2章。18歳〜24歳。光通信系、グロリアジャパン。
清家社長は、俺を「営業マンとして戦える状態」に育ててくれた師匠だった。
泥臭い営業力と根性を叩き込んで、次の軌道へ導いてくれた。
第3章。24歳〜35歳。セントメディア、キャレオ。
栗田さんと古田社長は、俺を「組織を動かせる経営者」に成長させてくれた先生だった。
論理的思考とマネジメント力を授けて、さらに高いステージへ引き上げてくれた。
離れていても、感謝は消えない
彼らは今、俺の隣にはいない。
でも、それは「縁が切れた」からじゃない。
彼らが注いでくれたものは、今も俺の中に生きている。
石井さんの愛情が、今の俺の「愛嬌」になっている。
清家社長の厳しさが、今の俺の「根性」になっている。
古田社長の教えが、今の俺の「経営者としての視点」になっている。
だから、過去のフェーズの人たちとは「別れた」のではない。
「今の俺を作ってくれてありがとう」
心からの感謝と共に、それぞれの場所で戦っているだけなんだ。
俺が今こうして立っていられるのは、彼らのおかげだ。本当に感謝しかない。
俺もまた、誰かの力になれたら
そして気づいたことがもう一つある。
俺自身も、誰かの人生において少しでも力になれていたら嬉しいな、と。
部下として育てた人たち。
一緒に仕事をした仲間たち。
ちょっとしたアドバイスをした後輩たち。
俺と関わったことで、少しでも前に進めた人がいるなら。
俺がいたことで、何かのきっかけになれた人がいるなら。
それは、すごく嬉しいことだ。
人は誰かに支えられ、誰かを支えながら、上へ上へと登っていく。
それが「ご縁」の正体なんじゃないかと思う。
だから、今の出会いを大切にする
今、俺の周りにいる人たち。
先輩も、同世代も、後輩も。
俺より遥かにレベルの高い人も、これから伸びていく人も。
みんなが、今の俺にとって大切な存在だ。
いつか、このフェーズも次のステージに変わる時が来るかもしれない。
その時、また関わる人が変わるかもしれない。
でも、それは悲しいことじゃない。
その時が来るまで、全力で関わればいい。
全力で支え合えばいい。
全力で、お互いを高め合えばいい。
そして、次のステージに進む時に「ありがとう」と言えばいい。
それでいいんだ。
次章予告
ロケット・ブースター理論。
この考え方に気づいた時、俺は過去の出会いすべてに感謝できるようになった。
でも、この理論が本当の意味で「証明」されるのは、もう少し先の話だ。
35歳で独立し、順調に見えた俺の経営者人生。
しかし45歳、俺はすべてを失った。
株式会社ピーエスジー倒産。負債6800万。
毎日が恐怖だった。
明日が見えなかった。
でも、人生とは不思議なものだ。
この「人生最大のピンチ」を救ったのは、緻密な事業計画書でも、銀行の融資でもなかった。
なんの計算もなく、ただ「面白そう」「大切にしたい」と思って繋がっていた「人とご縁」が、想像もしない形で俺を救い上げることになる。
第5章:崩壊、そして伏線回収
〜絶望の淵で光った、過去の欠片たち(35歳〜46歳)〜
次章へ続く。


