過去に戻りたい|もう戻ってきていて、同じ人生を繰り返してるとしたら

どうも〜さとあつです😄
今日は仕事の話じゃないです。
恥ずかしい話なんですけど、俺、過去に戻りたいと本気で思ってます。
タイムトラベルじゃないです。過去を見に行きたいんじゃなくて、あそこからやり直したい。タイムリープのほうです。
戻りたいのは、5年前
まだ前の会社がうまくいっていた頃です。
あの時の判断が間違っていたこと。調子に乗りすぎていたこと。ちゃんと調べずに突き進んでいたこと。
思い出すと、今でもはあーってなります。
・・・
だから、戻れるものなら戻りたい。ずっとそう思ってました。
でも、ある前提に気づいてしまった
飲みの席とかで、こういう話しませんか。
俺も何回もやってます。10年前とか、高校生の頃とか。
で、ある日ふと気づいたんですよ。
この話、全員が記憶を持ったまま戻る前提で喋ってる。
今の記憶を持って戻れるから、あの時ああすればよかった、を実行できる。だから戻りたいと言える。
でも、なんで持っていけると思ってるんでしょうね。
誰も決めてないですよね、そんなこと。
記憶がないなら、戻っても意味がない
ここを考え始めたら、止まらなくなりました。
やり直したいというのは、何が失敗だったかを知ってるから言えることです。
その情報を全部置いてきたら、どうなるか。
5年前の俺に戻ります。まだ会社はうまくいってる。景色も同じ、周りの人も同じ、頭の中も5年前のまま。
そこには、これから何が起きるかを知ってる俺はいません。
| 記憶あり | 記憶なし | |
|---|---|---|
| 失敗した判断 | 避けられる | 知らないので、また選ぶ |
| 調子に乗る | 抑えられる | 止める理由が無い |
| 行き着く未来 | 変えられる | たぶん同じ |
全部が初めてになるんですよ。判断も、決断も。
だとしたら、また同じことをやります。同じところで調子に乗って、同じように調べずに突き進んで、同じ後悔を抱えた未来に着く。
じゃあ、今がもう2周目かもしれない
ここまで考えて、背中がゾッとしました。
仮に、こうだったとします。
- 未来の俺が、戻りたいと強く願った
- 願いが叶って、本当に過去に戻れた
- ただし記憶は全部消えていた
- 記憶が無いので、戻ってきたことにも気づいていない
この状態、外から見分けがつきません。
本人は全部が初めてだと思ってます。今日が人生で初めての今日だと思ってる。
・・・
それ、今の俺かもしれないですよね。
もう1回戻ってきてるのに、記憶が無いせいでまた同じ道を歩いてる。5年前と同じ判断をして、また同じところに着こうとしてる。
確かめようがないんですよ、これ。

同じことを考えた人が、140年前にいました
気になって調べたら、いました。
ニーチェという哲学者です。永劫回帰という考え方を残してます。
1882年に書かれた本の中に、こういう場面があります。
お前が今生きていて、そしてこれまで生きてきたこの人生を、お前はもう一度、さらには無数に繰り返し生きなければならない。そこには新しいものは何ひとつ無く、あらゆる苦痛と喜びが、同じ順序で戻ってくる。
ニーチェは、この考えを最も重い思想と呼びました。
そのうえで、こう問いかけます。それを聞いてお前は絶望するのか。それとももう一度と言えるのか、と。
俺が飲みの席の雑談から辿り着いた場所に、140年前の人が先に立っていました。しかも同じ結論を、もっときつい形で。
記憶が無いなら、戻ったのは本当に俺なのか
もうひとつ、調べていて引っかかったことがあります。
哲学に人格の同一性という問題があるんですよ。
昨日の自分と今日の自分が同じ人だと言えるのはなぜか、という問いです。
有力な答えのひとつが、記憶などの心のつながりが同じ人を作っているという考え方でした。体でも名前でもなく、つながりのほうだと。
だとすると、です。
顔は同じ。名前も同じ。でも今の俺とのつながりは切れてます。
それはもう、俺によく似た別の誰かじゃないのか。
・・・
ここまで来ると、戻りたいという願いそのものが怪しくなってきました。
俺は、俺じゃない誰かに人生をやり直してほしいと願っていたことになる。それ、意味あるのかなと。
それでも、やることは1つに絞れた
暗い話をしてるようですけど、俺としては逆でした。
整理したら、やることが1つしか残らなかったので。
記憶を持って戻れないなら、過去は変えられません。何回戻っても同じです。
変えられるのは、今この瞬間の判断だけ。
だとしたら、やることはこれしかない。
- 決めたことを、未来のためにちゃんとやりきる
- 後で後悔しないほうを選ぶ
書くと当たり前すぎて笑えますね。
でも、めちゃくちゃ難しいです。今日もできてない日があります。
これは引き寄せの話ではないです
誤解されたくないので書いておきます。
願えば叶う、という話をしてるんじゃないです。
むしろ逆で、願うだけなら同じ未来に着くというのが今日の結論です。5年前の俺も、たぶん漠然とうまくいってほしいとは願ってました。それで着いたのが今です。
俺が今やろうとしてるのは、こういうことです。
願望じゃなくて逆算です。
そう思って数年間を生きて、本当にその未来に着いたなら。それは結果としてタイムリープが成功したということじゃないか。最近そう考えてます。
ニーチェとは、たぶん少し違う
最後に、ひとつだけ。
ニーチェの答えは、この人生をもう一度と言えるように今を生きろ、でした。受け入れる側の答えです。
俺のはたぶん違います。
もう一度と言えるかどうかは、正直まだ分かりません。5年前のことを思うと、今でもはあーってなるので。
だから俺は取りに行く側でいようと思ってます。着きたい未来を先に決めて、そこから今日を決める。
どっちが正しいのかは分からないです。哲学者に勝てる気もしません。
・・・
ただ、もし今が2周目なんだとしたら。
今日の判断だけが、3周目を変えられる場所です。
あなたは、何年前に戻りたいですか。
そしてそこに、記憶は持っていけると思いますか。
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ではまた!!
