会社を潰して7,000万借金した俺が、なぜ今「架け橋」をやっているのか
どうも〜さとあつです😄
いきなりだけど、俺は会社を潰したことがあります。
しかも7,000万円の借金付きで。
「え、そんな人が何かを語ってるの?」
そう思った人、正直な反応だと思います笑
でも今日は、その「潰した経緯」と「なぜ今、就労支援施設と経営者の架け橋をやっているのか」を全部話しちゃいます。
高卒で事業部長になって、年収860万もらってた話
2015年、俺は都内の人材派遣会社で事業部長をしていました。
高卒で、大卒しかいない会社に入って、気づいたら80人を束ねる立場になっていた。
年収860万円。30代の高卒としては、まあ悪くない数字です。
でも正直、しんどかった。
朝8時前には新宿の本社に出社して、毎日22時過ぎまで会社にいる日々。
生まれたばかりの長男(慶一)に会えるのは週末だけ。
「俺は何のために働いてるんだろう」って、何度も思いました。
そしてもう一つ、正直な気持ちを言うと——もっと稼ぎたかった。
860万でも「まだ足りない」って感覚があって、1,000万、いや3,000万以上欲しいって本気で思ってた。
ちょうどそのタイミングで、社長が会社を売却するという話が出た。
「チャンスだ」と思って、退職して起業しました。

コロナで月商1,000万。調子に乗った俺が招いた結末
2017年3月、株式会社ピーエスジーを設立。
AmazonやRakutenで商品を売るEC販売会社です。
最初は小さくコツコツやっていたんですが、コロナ期に入って会社が急成長しました。
物販の月商は1,000万円を超え、物販コンサルも爆伸びして、利益もしっかり出ていた。
「俺、やるじゃん」って、完全に調子に乗ってましたね笑

調子に乗った俺は、事務所と倉庫を大きくして、8人を雇用しました。
でもこれが、失敗の始まりでした。
固定費が爆増したところに、2023年から売上がどんどん下がっていった。
最終的に従業員を全員解雇して、会社を清算する方向に舵を切りました。
残ったのは、7,000万円の借金。経営者として自己破産するしかなかった。
「話を聞いてくれる人はいた。でも、同じ経験をした人は誰もいなかった」
自己破産を決めたとき、弁護士以外に相談できる場所がありませんでした。
仲の良い経営者仲間は話を聞いてくれた。
でもみんな「破産した経験がない人」だった。
「大変だったね」「頑張れ」
その言葉は嬉しい。でも正直それじゃ足りなかった。
「同じ経験をした人の話が聞きたい」
そう強く思ったことを、今でも覚えています。
息子の野球チームで出会った縁が、すべてを変えた
会社がやばくなってきた頃、小学3年生の長男・慶一が少年野球を始めました。
内心は行きたくなかった笑。でも子供のために参加していました。
そこで出会ったのが、Sさん。
同じ松戸市でB型就労支援施設を経営する社長でした。
最初はビジネス目的のつながり。
「うちの袋詰め作業を安くやってもらえる」と聞いて、施設に仕事を発注するようになりました。
これが俺と就労支援業界の最初の接点でした。
その後、会社を畳んで「することがなくなった」俺は、
2024年4月1日にTikTokでMinecraftのゲーム配信を開始。
運よく視聴者がつき始め、日給1万円程度を稼げるようになりました。
Sさんにその話をすると、興味を持ってくれた。
「一度、配信の現場を見せてもらえますか?」
見てもらったら、こう言われました。
「うちの利用者さんにゲーム配信を教えてもらえませんか?」

ゲーム配信は「遊び」じゃない。立派な仕事になる。
2025年1月10日、千葉県松戸市のワンハート松戸でのゲーム配信コンサルが始まりました。
最初は利用者さん3名。
配信のやり方を教えながら、2ヶ月間一緒に配信しました。
すると、変化が起きた。
利用者さんの出所率が上がった。
コミュニケーションスキルが上がった。
「ゲーム配信って、遊びじゃないんだ」と確信した瞬間でした。
その後、この事例を他の施設で話すと、かなりの確率で興味を持ってもらえることがわかってきた。
そして2025年9月から、就労支援向けゲーム配信事業として正式に営業を開始しました。
ちなみに2025年7月には、裁判所から免責決定をいただいけました。

俺が「架け橋」をやっている理由
今、俺がやっていることを一言で言うと「就労支援施設と一般企業の架け橋」です。
就労支援施設には、工賃・集客・就職率という課題がある。
一般企業には、人件費・資料作成・採用という課題がある。
その間に俺が立って、両方の課題をつなぐ。
なぜそれをやるのか?
シンプルに言うと、縁がそうさせてくれたからです。
息子の野球チームでSさんと出会っていなければ、今の俺はない。
目の前の人が直接売上につながらなくても、そこから始まる縁の連鎖の中に、答えがある。
俺はそれを信じています。
そしてもう一つ。
破産した経営者として、同じ苦しさを抱えている人の力になりたいという思いがあります。
あの時、「同じ経験をした人の話が聞きたかった」と思ったから。
だから今、俺がその人になると決めました。
まとめると
会社を潰して、自己破産した。
でもそこから縁をたどって、今「架け橋」として動いています。
就労支援施設の経営者・サービス管理責任者の方、そして経営で苦しんでいる社長に向けて、これからもリアルを発信し続けます。
「話を聞いてみたい」と思ったら、気軽に声をかけてください。
